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4月になりました。家具以外の話。

駿府城の桜

今年はどこも桜が早く咲いて早く散ってと、入学式にはすっかり葉桜になりそうな感じですね。

4月に入り新年度スタート。異動がらみで引っ越しが多く、家具の配達にも少し影響が出ています。

さて、今日は家具のお話ではなく、最近ネット上にはびこる「イイ話」について少し。

SNS(ソーシャルネットワークサービス)上でシェアされている、誰かがヒーローになって悪人を退治した話や
身体的なハンデを持つ子供の親子が、バスで居合わせた乗客に差別されたのを運転手と他の乗客によって助けられたという話。

そんな悪役からの嫌がらせを「一蹴」してくれるような話は見ていてとても心地良い。

電車の中で騒いでいたり、平気で電話している人見てもなかなか注意できないでしょ。
人はココロの中では自分がそうするべきだと思っていても、相手が怖そうだったり
それによって自分が不利益を被るようなリスクを背負うくらいなら、早く次の駅で
降りてくれないだろうかと、やり過ごすものです。
これは卑怯というよりも、ほとんどの人が取る行動で、仕方ないと思います。本音ですよね。

だから
普段できない行動を取って悪役を一掃してくれるような話は、出来ない事をいとも簡単にやってのけた
スーパーヒーローと人物像が重なって、映画のエンディングのような爽やかさを感じるんだけど
ちょっと待てよ、この手の話、あまりにも上手く美談になり過ぎていないか?と感じる事が多い。

いや、もしかしたら本当の話かもしれない。
疑うばかりでは何も生まれないけど、情報の発信源が誰なのか、そこが一番問題じゃないだろうか。

今のSNSの一番の怖いところは、その情報ソースが分からないまま、他人の話を簡単に広めてしまうこと。
ウラが取れないまま憶測で記事にしてしまう事を新聞や雑誌では「飛ばし」と呼ぶそうだが
その飛ばしをみんなでグルグルと永久に広めてしまう情報の脆弱性を感じる。

「ウソでも美談がきっかけで、読んだ人の心構えが変わり善人が増えればいいんじゃ?」と思うかもしれない。
もちろん、情報がいい方向に人を向ける力もあると思う。
ただ、情報の内容がウソでも「良い物」なのか「悪い物」なのか、誰が判断するんだろうか。
ある人に都合の良い情報がある人には都合が悪いかもしれない。
そこに必要なのは、他人の情報をシェアする時はちゃんとしたウラが取れているかどうかだと思う。

もう一つ。
震災以降、人は美談に飢えているのではないかと。
震災直後に日本人の行動が世界中から讃えられ、世界に無い美徳というか他人を尊ぶ気持ちに
誰もが勇気を与えられ、日本はかならず復活できるとみんな感じたと思う。
最近は隣国との領土問題など、国内の規範だけでは解決できない問題もあり、今の日本人のどこかに
「誰かがサッと現れて、全部の問題を解決してくれないかな」とありえないヒーローの出番を
待っている雰囲気を感じる。

様々な気持ちが重なって、人から人へバトンされる「美談」という物に、どうしても懐疑的になってしまう。

個人が誰でも気軽に情報発信できるようになった分、その情報がどういうものなのか
いわゆる「リテラシー」の問題で、イイ話だから簡単にシェアするというのはまだまだその辺の
意識が出来上がってないのでしょう。

まずはその情報が誰から出ていてどのくらい信憑性が高いのか。
判断に自信がなければ簡単にシェアしない。(広めない)

一番確実なのは、自分の体験や経験を自分の言葉に置き換えて発信すること。

シェアされて届いた情報なんて、ボクが子供の頃に社会問題になった
口が大きくて100mを5秒で走って子供を追いかける女性の話とまったく変わらない。
情報の伝達方法が変わっても、使う人が変わらなければ、いつまでたっても情報の質は良くならないのである。

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